情緒から論理へ

「情緒から論理へ」を読んだ。酷かった。ある意味新鮮。
国家の品格」に意義アリ!という帯を見て何だか嫌な予感がしたのだけど、思い切って読んでみることにした。「国家の品格」は途中から暴走している所があるので、そこら辺をうまくバランスを取って情緒と論理の重要性を説いてくれるのを期待していたんだけど、駄目だった*1。情緒から論理へというタイトルではあるけど、この人、論理分かってないんじゃないかしら*2。論理以外の情緒的な部分についても思い込みが酷いし、「論理」を振りかざして短絡的に結論に向かう傾向がある*3。論理が大事だと言う主張の過程で、論理をないがしろにして短絡的(この人の言う所の情緒的)に次々とトビまわる。データを大事な物として要求したかと思えば、データを見せずに結論とほぼ同等な仮定から出発して主張を押し付ける。
ちなみに、物理に関係する箇所も何カ所かあるのだけど、概念の混同や、恣意的に意味を付加した上でそれを根拠として用いているケースが多い。
あれだ、情緒と論理が重要だということの反面教師として示していると思えば良いんじゃないかな。それと、情緒と論理の両方の重要性を上手く伝えるための例をいくつかストックして置いた方が良いかと思った。基本的に、それがどんなものであっても、一見対立しているような、ないしは相補的に重要なものがあるとき、それらを上手く伝えるのは非常に難しい。

*1:国家の品格」と比べたら失礼な気がする。

*2:情緒偏重を批判して論理の重要さを説いているのにも関わらず。

*3:特例だけを取り出して、他にも色んな可能性があるのにそれを排除…というか触れることもせずに結論へと向かうこともしばしば。