見える問題見せられる問題

見るもの見えるものというのを、肉眼で直接という意味ではなく、TVやネットを介してのものも含めて考える。この時、見るもの見えるもの全ての問題に対して(自分の中でor実際に)解決しようなどというのは傲慢のように思える。そんなことは無理だし、無理を通せばどこかが壊れる。見えないものは解決できないが、無理を通そうと頑張っちゃってるような状況では無理を通すために視野が極端に狭くなっている可能性がある。
何かを解決したいなら、手の届く範囲、自分が影響力を有意に及ぼせる範囲でだけでやればよいのに。
TVやネットにより多くのものを見ることができるが、TVやネットがあるために多くのものを見せられるケースがある。見せられているものだとしても、自分から見ているかのように思ってしまうのが勘違いのはじまりなのかもしれない。何だか双眼鏡を眼鏡のように装着して走っているような無様さ。遠くのものに手を伸ばして何とかしようとしながら、足下はふらつき自分がどこにいるのかすら見失う。たまにはその双眼鏡を外せばましにはなると思うんだけど、その双眼鏡はきっと付け心地が良いから外す気がしないのだろう。